能 曲目解説
忠度(ただのり)
平成12年8月6日
横浜能楽堂
シテ   櫻間眞理
ワキ   森 常好
忠度(ただのり)
世阿弥作 修羅物・二場
藤原俊成(しゅんぜい)の家人(ワキ)が主人の没後出家し西国への旅に出た、旅の途中、須磨の浦を通りかかると一本の桜がある。そこへ老人(前シテ)がやって来て、桜の下の墓に花を手向ける。僧が老人に一夜の宿を乞うと、「この花の下にまさる宿はあるまい」といい、「行き暮れて木の下陰を宿とせば、花や今宵の主ならまし」をあげ、この墓は一ノ谷の合戦で撃たれた薩摩守忠度(ただのり)の墓であるからと回向を頼んだ。(中入)
その夜、僧が桜の木の花の下で仮寝していると、忠度の亡霊(後シテ)が修羅となって現れて、『千載集』に載せられた自分の歌が、朝敵ゆえに詠み人知らずとなった無念さを述べ、定家に話して作者の名前を付けてほしいと頼み、平家一門の都落ちから、一の谷の合戦での岡部六弥太との一騎打ちと討ち死の有様を物語り、去ってゆく。
『平家物語』「忠度最期」より。後シテの忠度が矢に短冊を結び付けたものを腰に差している。
船弁慶(ふなべんけい)
平成12年8月14日
鳥取砂丘  いさり火能
シテ 櫻間眞理
船弁慶(ふなべんけい)
観世小次郎信光・作 四番目物
頼朝との不和により一旦西国へ赴く事となった義経弁慶主従を追って静御前(前シテ)が都からやってくる。義経より都へ帰るよう諭された静は舞を舞って義経との別れを惜しむ。さて、義経主従が船出すると俄に天候が急変し嵐となり、海上には平家一門の怨霊が現れ、中でも剛勇をうたわれた平知盛(後シテ)の怨霊が長刀を振るって義経に襲いかかてくる。激しく打ち合う二人の間に弁慶が割って入り、法力をもって怨霊を退散させる。
六浦(むつら)
平成10年5月23日
称名寺 薪能
シテ 櫻間眞理
能『六浦』に関する
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六浦 三番目物
都の僧(ワキ)が東国を旅の途中、相模国六浦(神奈川県横浜市金沢区六浦)の寺『称名寺』(しょうみょうじ)に立ち寄る。季節は秋、諸木みな紅葉している中にただ一本だけ緑の楓(かえで)があった。僧がそれを不審に思っていると、どこからともなく一人の女(前シテ・楓の精)が現れて、て紅葉しなくなった訳を語ってくれた。
昔鎌倉の中納言為相卿(藤原定家の孫・母は阿仏尼・冷泉家の祖)という人が、紅葉 を見ようと思ってこの寺へやって来たところ、山はまだまだ紅葉していないのに一本だけ色濃く紅葉している楓を見て感動して次のように歌を詠みました。
いかにして この一本に 時雨けむ 山に先立つ 庭の紅葉葉  冷泉為相
この歌に感動した楓は、このように面目をほどこしからには、身を引くのが天の道だと考え、その後諸木みな紅葉している中にただ一本だけ紅葉せずに緑を保っているのだという訳を訪問の僧に語り、消えて行きます。
(中入り)
その夜僧が寺で読経していると、楓の精が女体(後シテ)となってあらわれ、僧に感謝し仏の徳を称えて舞い、夜明けと供に消えて行きます。
八島(やしま)
平成12年5月6日
平家物語の世界
柳川御花大広間能舞台
シテ 櫻間眞理
八島(やしま・屋島)
世阿弥の作、二番目物、修羅物ともいう。
前場、旅の僧は八島の浦で、源平の合戦を詳しく語って聞かせる老人に出逢う。僧があまりにも詳しいので老人に名を問うと「暁の修羅の時 になったら教えよう、夢から覚めるな」と、義経の霊であることをほのめかして何処へか消える。
後場、その暁、重ねて夢を待つ僧の前に義経の霊は、修羅の 姿で現れる。弓流しのいきさつを語り、教経を相手の合戦の様子をまざまざと見せるが朝風とともに消えて行く。
『平家物語』巻十一「大坂越の事」「嗣信最期の事」「弓流しの事」より典拠。
山姥(やまんば)
平成12年7月2日
第六回櫻間眞理の会
シテ 櫻間眞理
山姥(やまんば・やまうば)
世阿弥の作、五番目物
山姥の山巡りの曲舞(くせまい)を得意とする都の遊君(遊女)、百魔山姥は信濃国善光寺へ参詣の途中、あげろ越という山路に差し掛かかったところで、日中なのに急に日が暮れて、道に迷ってしまう。そこに一人の女が現れて「宿を貸す」といい、かわりに山姥の一節を所望する。その女の言うには実はこうして日を暮らし宿を貸したのもその歌を聞きたいが為で、歌うならばその後、真の姿を現そうと言い残してその姿を消す。
夜になり遊君が、山姥の一節を歌っていると、真の山姥が姿を現し、遊君の謡いにあわせて、人間界の種々の相を曲舞にして説き奏でつつ、或は謡、或は舞い、果ては山廻りの苦しさ楽しさを等を述べ、山また山を廻り廻りて、いずこともなく去っていきます。
百魔山姥もしくは百万山姥ともいう。
楊貴妃Yang Kuei-fei
平成12年11月13日〜14日
青山円形劇場
平成11月17日
石川県金沢能楽堂

シテ 櫻間眞理

楊貴妃(ようきひ)Yang Kuei-fei 
金春禅竹作  三番目物 一場
案録山の乱の後
唐土(もろこし)の玄宗皇帝に仕える方士 (ワキ・道教の仙術師)は、皇帝に命じられて楊貴妃の魂魄(こんぱく)のありかを求めて蓬莱宮(ほうらいきゅう)に赴く。所の者 (アイ) の教えに導かれ、太真殿(作り物)に赴き、楊貴妃 (シテ)に対面した方士は、皇帝の言葉を伝える。楊貴妃は方士に形見の簪(かんざし)を与え、二人の愛の誓詞を謡い、思い出深い霓裳羽衣の曲を舞い(序ノ舞)、尽きせぬ名残を惜しむ。
白居易の『長恨歌』よりふんだんにその引用があり、『長恨歌』を典拠にした『源氏物語』「桐壺」などからの引用も見られる、禅竹により日本風に美しく劇化されている。
舞事は大小序ノ舞。「玉簾」(たますだれ)は作り物の周囲に鬘帯を垂らす。
野宮(ののみや)
平成13年3月18日(日)14:00
櫻間會別会
シテ櫻間眞理
野宮(ののみや)三番目物 『源氏物語』「賢木(さかき)」より
旅の僧が嵯峨野野宮の跡地に訪れ、女(前シテ)と出会う。女は光源氏が六条の御息所を訪ねた日が九月七日の今日であったと語り、御息所は光源氏の訪問をうけたのち、伊勢へ下向していったことなど語り、自分が御息所であるとほのめかして消える。(中入り)
僧が回向していると、御息所の亡霊が(後シテ)車に乗って現れ。賀茂の祭りでの葵の上との車争いで敗れた事をかたり、おのれの迷いを晴らしてほしと願うのであった。 御息所は昔をなつかしみ舞(序舞)・(破舞)を舞い、再び車に乗り戻って行く
通小町(かよいこまち) 通小町(かよいこまち)
洛北八瀬の里に住む僧のもとへ、木の実や薪を毎日届ける女がいる。ある日、名を尋ねると、市原野のあたりに住むと答えて消えてしまう。
僧が訪ねて行き、弔うと、小野小町の霊が現れ、弔いを喜ぶ。が、そのあとを追って深草少将がやつれはてた怨霊の姿で現れ、小町が成仏するのを引き留めて、生前、恋の百夜通いをしても思いを遂げられなかったと、その恨みを僧に物語る。
連綿たる少将の果たせぬ思いは、死後も続いていた地獄の苦しみから、僧の弔いのうちに執心を離れ、小町とともに成仏する。
「天鼓」(てんこ)
2001年7月15日(日)14:00始
国立能楽堂
シテ:櫻間眞理
能 天 鼓(てんこ)
作:世阿弥(説)四番目物 作り物:鞨鼓台(かっこだい)
漢の昔、天から鼓が胎内に入る夢を見て授かった子供を王伯・王母夫婦は天鼓と名付け、後に天から下った鼓は、天鼓が打つと、その聲は微妙にして、聞く人に喜悦の感を催させるという。
それを聞き及んだ帝は鼓を取り上げんがため、拒む天鼓を呂水に沈めてしまう。
斯くして内裏に召し置かれた鼓だが、打てどもその聲は出ず、父王伯を呼び出し、鼓を打たせる事となる。呼び出されるままに参内する王伯は、愛児と離れ離れとなった身を恨み、悲しみに暮れる。が、時刻も移り我が子の愛した鼓の前に出でてこれを打つと、不思議にも 心耳を澄ます聲 は出、龍顔も涙に曇る。
親子のしるし故、鼓の鳴ることに帝は心打たれて、数々の宝を与え、また天鼓の蹟を呂水の畔で管弦講にて懇ろに弔う。夜半呂水の江に天鼓の霊があらわれ大切にしていた鼓を再び手にする嬉しさに楽を奏し、自ら鼓を打ちならし、舞い戯れ、夢幻の如く消え失せる。
経政(つねまさ)
平成13年8月12日(日)14:00 始
横浜能楽堂
シテ 櫻間眞理
能『経政』(つねまさ)修羅物 作:世阿弥(一説)
一ノ谷で討ち死にした平経政の霊を弔うために、仁和寺の守覚法親王は管弦講を催して供養するよう、僧都 行慶(ワキ)に命じる。経政が生前愛用していた琵琶の名器「青山」(せいざん)を供えて供養をはじめると、やがて、淡い灯火を避けるように、薄闇の中に人影が浮かび上がる。行慶が驚いて問い掛けると、闇の中から、経政の霊だと応える、回向に感謝し現れたのである。経政の霊は青山の琵琶を手に取り、琵琶を弾き、舞を舞う。
しかし突然、修羅道の苦しみが経政を襲う。経政の霊は、修羅道に堕ちて苦しむ姿を人に見られるのを恥じ、灯火を吹き消すとともに消え失せる。
◇みどころ
『平家物語』巻7「経政都落」を素材とした一場物の夢幻能。
琵琶の音を慕って現れる平家の貴公子経政の生前の芸術的生活への憧れと、修羅道へ落ちた者の苦患(くげん)の姿を見せまいとする恥じらいを、優美に描いている。舞は曲舞がみどころ。
巴(ともえ)
平成13年10月31日(水)18:00
櫻間會例会
観世能楽堂
シテ 長谷猪一郎
巴(ともえ)修羅物
近江の国粟津原で、木曽からやってきた僧(ワキ)が若い女(前シテ)に出会う。女は木曾義仲の霊を祀った社に参り、女は僧に義仲を弔うことをたのみ、自分もこの世の者ではないとほのめかして消える。
(中入り)
やがて僧の前に巴(後シテ)がありし日の合戦の姿で登場し、義仲の最後を語り、回向を願って去ってゆく。
百万(ひゃくまん)
2001年11月28日(水)18:00
観世能楽堂
櫻間會例会
シテ 櫻間眞理
百万(ひゃくまん)四番目物
子供(子方)を連れた者(ワキ)が嵯峨の清涼寺を訪れる。
そこで、生き別れになったわが子を探して奈良の都から、京嵯峨まで狂い、流れてきた百万(シテ)という女物狂に出会う。百万は夫に死別し、たった一人の子供にも生き別れて物狂となったのであるが、この百万の子というのがワキが連れてきた子供であった。
母子は再会を喜び、共に故郷へと帰っていく。